ひきこもりを侮るな!~自分が幸せでなくて誰を幸せにできるのか~
ひきこもりを侮るな!というブログをお書きになられている方がおられます。
直近の3つの私が“心動かされ”た記事をご紹介します。
一言ひとこと、かみしめるように読んでみて下さい。
では転載開始
なぜ、ひきこもりはラクなのか。
9月になりましたね。
相変わらず、世界各地でいろいろと不吉な兆候が出ているようですが、
ワタシは、元気です。
まだ、ちょこちょこ切り崩している貯金が残っているので、
相変わらず、心安らかな毎日を送らせていただいております。
本当に、有難いことです。
今日は、なぜ、ひきこもり生活がこんなに穏やかで快適なのか、
考えてみました。
一番、簡潔な答えは、
「何にも執着していないから」
お金や、人間関係や、社会的成功や、自分の命ですら、
もはや、どーでもいいんですよね。
どーでもいいことの為に、無理したり、頑張ったりしないので、
かなり楽になりました。
本当は欲しくないモノ、実際には必要のないモノをを手に入れるために
なんであんなに必死になってたのか、今では不思議に思います。
自分がどれほど、無駄なモノやヒトや価値観に捕らわれまくっていたことか。
改めて考えると、それこそ笑い話のレベルです。
シンプル・ミニマム、本当にささやかで、質素な暮らしだけれど、
今のひきこもり生活に満足してるし、
明日死んでも全く後悔しないです。
ひきこもり、万歳!
ここまで
ひきこもりになる人も、ならない人も、なれない人も・・・
ひきこもりライフ、快適です。
ひきこもりとして生きていられる自分は
非常に恵まれていると思います。
でも、ひきこもりにならない人や、なれない人も、
それはそれで、悪くない人生を送っているんじゃないかな、と思うんです。
いろんな嫌なことがあって、カツカツの生活で、
ストレス溜まって、疲れも溜まって、
「あー、いっそ、ひきこもりたい!」って思っても、
実際に行動に移さない人、移せない人って、
それはそれで恵まれているんじゃないですか?
だって、そこまで追い詰められてないってことでしょう?
まだ、失いたくないモノがあるんでしょう?
守りたい大切なモノがあるんでしょう?
いわゆる「フツー」の生活に未練があるんでしょう?
今の状態を続けるエネルギーがまだ残っていて
ひょっとしたら、ちょっとはマシになるかも、っていう
希望的観測が持てるから、しがみついてるんでしょう?
「ひきこもったら、食べ物も買えなくて死ぬしかない。」
って、必死で働いている人は、「自分の命」が大事なんでしょう?
ひきこもって餓死するよりは、マシだと思えるから、働いているんでしょう?
「ひきこもりになったら、家族が悲しむ。」って人は、
悲しませたくないくらい、大切な家族がいるんでしょう?
自分を犠牲にしてでも守りたいモノがあるって幸せなんじゃないですか?
どれだけギリギリでも、ひきこもりにならずに済んでいるってことは、
それなりに、素晴らしい人生なんだと思います。
ひきこもりになる人も、ならない人も、なれない人も、
考え方次第で、それなりに幸せな人生を送れるんじゃないですか?
「それなりに」ですけどね。
そこそこ、でいいじゃないですか。
ほどほど、で十分じゃないですか。
ぼちぼち、のんびり生きましょうよ。
それなりに幸せな、
ひきこもり、万歳!
ここまで
ひきこもりになる覚悟
ワタシが、ひきこもりになることを決めた時、
もう、自分が死ぬか、相手を殺すか、ってトコまで追い詰められてました。
失うモノなんて、何もなかったし、
守りたい大切なモノなんて、何もなかった。
ただ、とことん、ぶっ壊れて、破滅するより、
最後くらいは、静かに生を全うしたい、そう思っただけ。
貯金が尽きて、ライフラインが閉ざされて、食べる物もなくなって、
餓死するその日まで、穏やかに隠居生活を送りたい、そう思っただけ。
ワタシは、もう元のいわゆる「フツー」の生活に戻る気は全くないので、
貯金が尽きたら、それで終りのつもりでいます。
生活保護もらって働き人に戻る努力をすることはないでしょう。
そういう覚悟で、ひきこもりになったんだけど、
いざひきこもり生活を始めてみると、思った以上に快適で、
シンプル・ミニマムに徹したら、現金も最低限しか必要ないことがわかって、
しかも、これまでの人生で一番健康かつ元気になっちゃったんですよね。
極端な話、今、生き辛さを感じている人、
みんな「ひきこもりになっちゃえ」って思うくらい。
まあ、それなりの覚悟が必要なので、そこまで追い詰められてない人は、
そのまま、現状の生活の中で幸せを見つける方が簡単だと思いますけどね。
誰にでもすすめられる訳じゃないけれど、
犯罪を犯すとか、自殺する、とかの前に、
「ひきこもりになる」という選択肢を検討してみても
別に悪くないんじゃないかなと思う。
最後の最後、一歩手前の選択肢。
ひきこもり、万歳!
ここまで
以上です。
彼の文章を読んでいると、
人生って楽しいものなんだ。
と、純粋に思えてきます。
大変な目にあったことがあるからこそ、
このような幸せな生活が送れるだと思います。
楽しむために生きているんですから、
いつまでも苦しい思いしてたらもったいないですしね。
これからどんな道を歩むにしても、
この方のように自然に幸せである事が伝わるくらい、
幸せな人生を送りたいと思う。
悟りってあきらめのことかと思ってたけど、
もしかしたら違うかもしれない。
「生きる」こと、そして「いまを生きる」。
他人に勇気を与えられるような生き方ができたらいいですよね。
よく世間の人は自分を犠牲にして何かを守る(役に立つ)ことは素晴らしい。
とかいうけど、
すごく大切なものを犠牲にして幸せになっていない方も多いと思う。
完成された幸せを追い求めるあまり、
何のために生きているか分からなくなっていたり。
自分が幸せでなくて
誰を幸せにできるというのですか。
自分の命は自分だけのものではありません。しかし、
自分の人生は自分のものです。
皆さん、まず自分から幸せになりましょう!!!
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直近の3つの私が“心動かされ”た記事をご紹介します。
一言ひとこと、かみしめるように読んでみて下さい。
では転載開始
なぜ、ひきこもりはラクなのか。
9月になりましたね。
相変わらず、世界各地でいろいろと不吉な兆候が出ているようですが、
ワタシは、元気です。
まだ、ちょこちょこ切り崩している貯金が残っているので、
相変わらず、心安らかな毎日を送らせていただいております。
本当に、有難いことです。
今日は、なぜ、ひきこもり生活がこんなに穏やかで快適なのか、
考えてみました。
一番、簡潔な答えは、
「何にも執着していないから」
お金や、人間関係や、社会的成功や、自分の命ですら、
もはや、どーでもいいんですよね。
どーでもいいことの為に、無理したり、頑張ったりしないので、
かなり楽になりました。
本当は欲しくないモノ、実際には必要のないモノをを手に入れるために
なんであんなに必死になってたのか、今では不思議に思います。
自分がどれほど、無駄なモノやヒトや価値観に捕らわれまくっていたことか。
改めて考えると、それこそ笑い話のレベルです。
シンプル・ミニマム、本当にささやかで、質素な暮らしだけれど、
今のひきこもり生活に満足してるし、
明日死んでも全く後悔しないです。
ひきこもり、万歳!
ここまで
ひきこもりになる人も、ならない人も、なれない人も・・・
ひきこもりライフ、快適です。
ひきこもりとして生きていられる自分は
非常に恵まれていると思います。
でも、ひきこもりにならない人や、なれない人も、
それはそれで、悪くない人生を送っているんじゃないかな、と思うんです。
いろんな嫌なことがあって、カツカツの生活で、
ストレス溜まって、疲れも溜まって、
「あー、いっそ、ひきこもりたい!」って思っても、
実際に行動に移さない人、移せない人って、
それはそれで恵まれているんじゃないですか?
だって、そこまで追い詰められてないってことでしょう?
まだ、失いたくないモノがあるんでしょう?
守りたい大切なモノがあるんでしょう?
いわゆる「フツー」の生活に未練があるんでしょう?
今の状態を続けるエネルギーがまだ残っていて
ひょっとしたら、ちょっとはマシになるかも、っていう
希望的観測が持てるから、しがみついてるんでしょう?
「ひきこもったら、食べ物も買えなくて死ぬしかない。」
って、必死で働いている人は、「自分の命」が大事なんでしょう?
ひきこもって餓死するよりは、マシだと思えるから、働いているんでしょう?
「ひきこもりになったら、家族が悲しむ。」って人は、
悲しませたくないくらい、大切な家族がいるんでしょう?
自分を犠牲にしてでも守りたいモノがあるって幸せなんじゃないですか?
どれだけギリギリでも、ひきこもりにならずに済んでいるってことは、
それなりに、素晴らしい人生なんだと思います。
ひきこもりになる人も、ならない人も、なれない人も、
考え方次第で、それなりに幸せな人生を送れるんじゃないですか?
「それなりに」ですけどね。
そこそこ、でいいじゃないですか。
ほどほど、で十分じゃないですか。
ぼちぼち、のんびり生きましょうよ。
それなりに幸せな、
ひきこもり、万歳!
ここまで
ひきこもりになる覚悟
ワタシが、ひきこもりになることを決めた時、
もう、自分が死ぬか、相手を殺すか、ってトコまで追い詰められてました。
失うモノなんて、何もなかったし、
守りたい大切なモノなんて、何もなかった。
ただ、とことん、ぶっ壊れて、破滅するより、
最後くらいは、静かに生を全うしたい、そう思っただけ。
貯金が尽きて、ライフラインが閉ざされて、食べる物もなくなって、
餓死するその日まで、穏やかに隠居生活を送りたい、そう思っただけ。
ワタシは、もう元のいわゆる「フツー」の生活に戻る気は全くないので、
貯金が尽きたら、それで終りのつもりでいます。
生活保護もらって働き人に戻る努力をすることはないでしょう。
そういう覚悟で、ひきこもりになったんだけど、
いざひきこもり生活を始めてみると、思った以上に快適で、
シンプル・ミニマムに徹したら、現金も最低限しか必要ないことがわかって、
しかも、これまでの人生で一番健康かつ元気になっちゃったんですよね。
極端な話、今、生き辛さを感じている人、
みんな「ひきこもりになっちゃえ」って思うくらい。
まあ、それなりの覚悟が必要なので、そこまで追い詰められてない人は、
そのまま、現状の生活の中で幸せを見つける方が簡単だと思いますけどね。
誰にでもすすめられる訳じゃないけれど、
犯罪を犯すとか、自殺する、とかの前に、
「ひきこもりになる」という選択肢を検討してみても
別に悪くないんじゃないかなと思う。
最後の最後、一歩手前の選択肢。
ひきこもり、万歳!
ここまで
以上です。
彼の文章を読んでいると、
人生って楽しいものなんだ。
と、純粋に思えてきます。
大変な目にあったことがあるからこそ、
このような幸せな生活が送れるだと思います。
楽しむために生きているんですから、
いつまでも苦しい思いしてたらもったいないですしね。
これからどんな道を歩むにしても、
この方のように自然に幸せである事が伝わるくらい、
幸せな人生を送りたいと思う。
悟りってあきらめのことかと思ってたけど、
もしかしたら違うかもしれない。
「生きる」こと、そして「いまを生きる」。
他人に勇気を与えられるような生き方ができたらいいですよね。
よく世間の人は自分を犠牲にして何かを守る(役に立つ)ことは素晴らしい。
とかいうけど、
すごく大切なものを犠牲にして幸せになっていない方も多いと思う。
完成された幸せを追い求めるあまり、
何のために生きているか分からなくなっていたり。
自分が幸せでなくて
誰を幸せにできるというのですか。
自分の命は自分だけのものではありません。しかし、
自分の人生は自分のものです。
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